前回の記事で平野国臣の句を紹介した所、平野国臣の捕縛地も紹介するべきというので見てきました。
場所はこちら
指定した地点
〒667-0023 兵庫県養父市八鹿町上網場の付近
https://goo.gl/maps/HiGoMsoqP3k
ざっくり解説。
前回の記事にあるように、生野で失敗し落ち延びた平野国臣は
養父郡上網場で、豊岡藩に遭遇しすぐそこにある宿屋に逃げ込みます。
その後に宿屋を包囲した豊岡藩は平野国臣を尋問。
「鳥取藩士で城崎に行くとこだ」と釈明したが
城崎に行くのにこんな所にいるはずがないと捕縛されます。
その後、京都に護送され京都の火災発生時にどさくさまぎれに
新選組に処刑されます
こちらが平野国臣が逃げてきた方向
こちらが豊岡藩が来た方向。
江戸時代末期の世界を想像してね。そんな事件が養父市でありました
平野国臣辞世の句
見よや人、嵐の庭のもみじ葉は、いずれ一葉も、散らずやはある
参考ページ https://www.city.yabu.hyogo.jp/7006.htm 養父市公式
http://kojiyamanet.hateblo.jp/entry/%3Fp%3D10350 但馬風土記
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