まぁ歴史なんで想像するのが楽しいんじゃないでしょうか?

男坂神社の推論 ①養父郡誌によると 上古少彦名命・大名持神と協力してこの国土を経営された時、琴引山袖ヶ池という所に来て自ら六張の弓を張りこれを掻き引きならし松風に合わせて神楽を遊ばれたと言う。 それよりこの山を琴引山と言い、この縁によって少彦名命の神霊を留めて社頭を創立したと言う。 となると、応神天皇の彫り物にも合点がいくので当初は袖が池周辺の神社から城跡へ神社が移動したのか? ②この五三の桐紋が謎。男坂神社の紋様は梅なので、桐紋が一部で使われてるのが謎 ③この紋の出所が天皇家に近いからならわざわざネジで突き刺すのも縁起悪い。豊臣家が治めてた時なら但馬征伐の恨みでわざわざ神社の下の金具に使ったのか? 単に明治時代の立て直しで余ってた金具だったのか笑笑 養父郡で三五桐と言えば斉神社ですが、、、 #養父市 #養父市愛ーipadを持って出かけよう #神社巡り #歴史ミステリー #山城巡り #藤堂高虎 #羽柴秀長 #神戸新聞但馬総局 #激写たじまいいね

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動画も撮りました。字幕をオンにしてねー

最後までご覧いただきありがとうございました。

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