何て書くと、神戸新聞社さんからマジで電話が入るので
この時も記者さんから解説のお電話頂きまして笑笑
懐かしい〜さて
https://www.kobe-np.co.jp/news/tajima/201804/sp/0011182503.shtmlーえびすさん?瓦の作り物
記事の最後に
では但馬では、いつ、どのように石州瓦が広まったのだろう?
答えは、
そう、八鹿焼。新聞記事の写真を見ると、
八鹿、八鹿、八鹿、八鹿の街並みを写してるやないか!
答えやないか。
八鹿焼は、島根県の石州瓦の本場から陶芸の技術者を招いて出発しました。
とは言っても正解かどうかわかりませんが(今更ですが)
石州瓦の普及に八鹿焼が絡んでることは間違い無いです。
ちなみに、瓦の特長である雪止め
これも、生野峠を越えた辺りや青垣町ぐらいまででした。
淡路瓦の屋根の方が屋根の角度が広いですよね。雪を想定してない
からかな。では!
追記
神戸新聞さん電話はお断りします。ごめんちゃい。
追記の追記
もうちょい追記する事があったのですが、文章が長くなると
スマホから見にくいのでまた今度で
広告)