養父市の神社ー男坂神社②

まぁ歴史なんで想像するのが楽しいんじゃないでしょうか?

男坂神社の推論 ①養父郡誌によると 上古少彦名命・大名持神と協力してこの国土を経営された時、琴引山袖ヶ池という所に来て自ら六張の弓を張りこれを掻き引きならし松風に合わせて神楽を遊ばれたと言う。 それよりこの山を琴引山と言い、この縁によって少彦名命の神霊を留めて社頭を創立したと言う。 となると、応神天皇の彫り物にも合点がいくので当初は袖が池周辺の神社から城跡へ神社が移動したのか? ②この五三の桐紋が謎。男坂神社の紋様は梅なので、桐紋が一部で使われてるのが謎 ③この紋の出所が天皇家に近いからならわざわざネジで突き刺すのも縁起悪い。豊臣家が治めてた時なら但馬征伐の恨みでわざわざ神社の下の金具に使ったのか? 単に明治時代の立て直しで余ってた金具だったのか笑笑 養父郡で三五桐と言えば斉神社ですが、、、 #養父市 #養父市愛ーipadを持って出かけよう #神社巡り #歴史ミステリー #山城巡り #藤堂高虎 #羽柴秀長 #神戸新聞但馬総局 #激写たじまいいね

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養父市のインスタ映えポイントー山陰美人酒蔵跡

前回の記事(こちら
)

山陰美人酒蔵跡地

この写真のポイントを動画で撮って見ました。字幕付きでご覧ください。
会社などのパンフから何かの回覧文書の差し込み写真まで
養父市アピールしましょう!
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養父市の滝ー若杉不動の滝「グーグルマップ」

YouTube編ストリートビュー編をまずはみてね

本当に涼しいのか?

この看板を目印に

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滝までの道中も良かったです

詳しい場所)若杉不動滝
〒667-0323 県道 48 号線, 大屋町若杉 養父市 兵庫県 667-0323
https://goo.gl/maps/jAjc5NBrnJ62

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養父市の滝ー若杉不動の滝「YouTube編」

本当に涼しいのか?

不動の滝「YouTube編」です。
ただ滝の音です。
まぁ実際には現地を見て欲しいですね
ストリートビュー編はこちらから
詳しい場所はグーグルマップ編でこちらから


若杉のお不動様

ちゃんと帰り際にお詣りして帰りました
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トキホコリ

前の記事でシャガの花を紹介しましたが、今度はトキホコリです。養父神社に自生してる珍しいようですが、ただの雑草に見えなくもないです。ってか立て看板ないと過ぎ去ると思いますが
へーと見てました。触るとかぶれるのでは?とツイッターで指摘されたので皆さんも立て看板の表示を守り眺めるだけにしましょう!

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神戸新聞さんが攻めている

横断幕のカオス状態、道路標識設置で解消 豊岡のIC 2018/04/24 18:41 横断幕が乱立し“カオス”状態だった頃(2018年2月撮影) 写真を拡大(全3枚)  地元への誘導を図る各団体の横断幕が乱立して、、、ー神戸新聞より

カオスでしたか、あんまり見てなくてへーとしか見てなかったですが
確かにカオスだったかも?極端な話、「海はこっち、山はこっち」
ぐらいでも良いのかなー?

島根県の「石州瓦」 但馬に広まったルート探る 2018/04/25 05:30 但馬に残る昔の石州瓦。所有者によると、100年以上前に北前船で持ち込まれたと伝わるという=豊岡市竹野町竹野 写真を拡大(全2枚)  兵庫県但馬の民家の鬼瓦にえびす・大黒の装飾が多いのは、凍害に強い石州瓦(島根県)が普及しているためだと以前に紹介し、、ー神戸新聞

そうそう、いいよー。マニアックだー。面白い。
ちなみに綾部の方まで京都もありました。言われると
気になって見てましたが久美浜や綾部でも確認しました。

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養父市高柳の高照寺

但馬の七花寺として木蓮が有名です。撮影日は四月始めでもう
散ってますが、次のツツジがあると思いますのでまた
おいおい行ってみたいお寺です。護摩の札があったので
健康祈願してきました
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神戸新聞さんの想い引き継ぎましょうpart2

神戸新聞社さんの想い引き継ぎましょうpart1

→ざっくり言うと
1、神戸新聞社さんの記者さんは神戸や姫路暮らしやった、但馬に引っ越して屋根の鬼瓦に大黒様などの使ってるのに疑問を持った。なぜか分からないが石州瓦の普及に関係あるのでは?という結論だった
2、管理人の追加調査、石州瓦の流れをくむ八鹿焼というのが明治から大正や昭和まであったのでこれが関係あるのでは?

追加調査(養父市内でいろいろ聞いてきました)
1、但馬地方の願掛けか?
回答、そうでもない。福知山でも見たよ
うそーとグーグルストリートビューで確認したところ、確かにありました。
石州瓦の業者さんがいるようです

2、立誠舎の八鹿焼
立誠舎の八鹿焼には鬼瓦に大黒様も見あたりませんでした。

代わりに打ち出の小槌でした。大正時代の瓦なので確かに赤っぽい気もします。
でもこの辺の土を使うのを基本とするやり方のようです。

3分布図
ひと通りグーグルで検索したところ、岡山、広島、佐賀、福岡などあちこちで使用してるようです

石州瓦の普及経路

この一つとして八鹿焼も生まれたかも?

4、但馬での瓦の使用

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感想(0件)

を見て見ると、古い建築の屋根はトタンや木の板なので瓦は使ってない
まぁ宿南の青渓書院(過去記事リンク)も半分はトタンなので。
写真集を見てみると戦後の普及がメインかも

結論
戦後の裕福な時代に余力のできた家から
ちょっと豪華な鬼瓦でとえびす様などを使うように
なったのではないか?養父市の話のネタとして
八鹿焼があって鬼瓦に福の神を使い
石州瓦の流れをくむんですよというのは
ありかな?神戸新聞さんきっかけをありがとう。
普段見慣れてる光景からの新たな発見でした

余談
名草神社や三重の塔(過去記事)とか養父神社(過去記事)は檜皮の屋根ですね〜

神戸新聞社さんの想い引き継ぎましょう!(多分、諸説ありです)part1

何て書くと、神戸新聞社さんからマジで電話が入るので

http://blog.hunaki.net/archives/52083701.htmlー朝倉山椒の表記

この時も記者さんから解説のお電話頂きまして笑笑
懐かしい〜さて

https://www.kobe-np.co.jp/news/tajima/201804/sp/0011182503.shtmlーえびすさん?瓦の作り物

記事の最後に

では但馬では、いつ、どのように石州瓦が広まったのだろう?

答えは、
“神戸新聞社さんの想い引き継ぎましょう!(多分、諸説ありです)part1” の続きを読む